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(修養科)
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修養科では、例え'''人にものを取られても、怒ってはいけない'''とされている。逆に'''被害者'''が'''咎められる'''のである。
 
修養科では、例え'''人にものを取られても、怒ってはいけない'''とされている。逆に'''被害者'''が'''咎められる'''のである。
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 「'''修養科は地獄みたいなところだった'''。」これが、参加者の感想である。
  
 
=== 参加者 ===
 
=== 参加者 ===

2009年10月26日 (月) 12:42時点における版

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修養科(しゅうようか)とは「親里ぢばに於いて、教えを学び、信仰の喜びを深め、心の成人に努める修養の道場」[1]である。簡単に言えば、奈良県天理市にある天理教本部で行われている「ようぼく」を育てる修行である。「ようぼく」とは天理教の目指す「陽気暮らし」の世界を実現するために、親神の手足となって働くものである。ほかの宗教でいう信者に相当する。この修養科に学びにきている者達を修養科生という。修養科生は3ヶ月間所属する教会の詰所に寝泊まりして修行に励む。  午前中は天理教の教義を学んだり、おてふりなりものといった天理教の宗教儀式を練習する。具体的には、踊りや歌や楽器である。午後は天理教に奉仕活動するひのきしんを行う。修行は早朝から始まる。三食、風呂付きである。  天理教の修養科とは、「自分で考えることをやめる」修行である。

概要

志願資格

満17歳以上の人は、誰でも志願できる。また、修養科は何度でも参加することが出来る。

志願手続

所属教会をつうじて大教会に申し出る。受付は、毎月行われている。通常26日までに申し込む(1月は4日)。願書と身分証明書が必要。

日程

  • 詰所面接   毎月26日(1月期は5日)午後1時 教養掛室にて
  • 修養科棟入室 毎月27日(1月期は5日)夕食後
  • 志願考査   毎月28日(1月期は6日)1次・2次面接、写真撮影、*必要に応じて、後日3次面接があります。
  • 始業式    毎月1日(1月期は9日、3月期は3日)
  • 修了式    毎月27日
  • 大教会講習  毎月27日~29日(12月は27日~28日)

注意事項

3次面接について

  • 精神に障害のある人(知能に障害のある人を含む)・・・憩の家(天理教設立の病院)の診断が必要となる場合もある。
  • アルコール、及び薬物の中毒者
  • その他、修養に問題のある人

身上者の付添について

  • 精神に障害のある人・・・必ず終始行動を共にして修養する付添者が必要。
  • 1人で行動が出来ない身上者
  • その他、修養科が必要と認めた人(付添人は当人の家族、若しくは所属教会の責任者に限る。但し、修養科が認めたときは、同じ詰所の同期同組の修養科生でもよい場合がある。

託児

婦人会天理託児所で託児をしてもらえる。


服装

上は黒のハッピ(男子・・・帯、女子・・・ベルト)、下は長ズボンを着用。天理教市街で見かけるハッピ姿の人が修養科生である。

費用

  • 諸費用              121,000円
  • 別席                 2,500円
  • おさづけの理             6,500円
  • 冬季燃料費(11月~4月)1ヶ月   1,500円
  • 合計約13万円。これは一般的な教会の例で、教会により費用金額が異なる。約13万円から約30万円までである。また、精神科身上者(精神疾患を患っている者)についてはさらに費用がかかることがある。

別席

修養科の期間中9回行われる。天理教では「別席を運ぶ」と表現する。天理教の教えを直接おつとめ者から聞く。1回目の別席を「初席」。全て終わると「満席」となる。「ようぼく」になるための必須の修行。席礼(修養科費用とば別に費用がかかる)が必要。 一回2,500円で9回で22,500円。これに加えて、大教会へのお礼が必要になる(教会によってはさらに費用がかかるところもあるので詳細は各教会に尋ねること)。

修養科

3ヶ月間教会の詰所に宿泊し、午前中は天理教の教義を学び、午後は天理教に奉仕活動するひのきしんを行う。また修養科の間に9回「別席」を運ぶ。

この間、特別に許可を取らない限り、自由に外出することは許されない

 天理教の修養科とは、「自分で考えることをやめる修行である。理の親」と呼ばれる幹部や教会長に素直に従う人間を作るところである。

修養科では、例え人にものを取られても、怒ってはいけないとされている。逆に被害者咎められるのである。

 「修養科は地獄みたいなところだった。」これが、参加者の感想である。

参加者

信者がようぼくになるため教理を学びに参加する。

教会の後継者が教会長となるための第一歩として参加する。また修養科に参加する未婚の女性は男性教会長や後継者の嫁候補である。

意外にも教会から参加を強制されてくることが多い。教会ごとに修養科参加人数のノルマがあるからである。

様々な悩みを持った人間が参加する。そのため精神病などを抱えている人が少なくない。若者では、高校中退・不良・補導経験者など荒れた生活をしていたものが参加させられてくる。成人では、アルコール中毒患者、薬物中毒患者、ホームレス、犯罪経験のあるものが参加する。

身上(病気)を助けてもらいたい一心で来る者、事情(個人個人の生活上の悩み)を解決したく来る者なども参加する。天理教の信仰のない人でも、悩み事のある人、精神的に弱った人、病気を抱えている人が信者から紹介されて参加することもある。

様々な問題のある人間が集まるため、修養科では修養科生間のトラブルが多い。アルコールや薬物中毒患者や精神疾患を持った人と一緒に修行するため、これらの人々と一緒に暮らさなければならない。非常に厳しいもの。ただでさえ、精神的に参っている人が、修養科に参加することでさらに悪化する人もいる。しかし、これらの人達と、共に喧嘩をし、泣き、笑って一緒に3ヶ月の修養科を乗り越えることで、人間として成長するのである。

修養科に社員を参加させる会社

など、多くの天理教信者経営の会社で社員を修養科に強制参加させる拒否すると解雇されたり、昇進できなかったりする。

ご守護

修養科で親神様の御用をさせていただくことで、身上で困っている人が珍しいご守護によって、健康体になられる方が多いと天理教はいっている。その証拠として、修養科で使っているおやさとやかたには、過去の修養科生が使っていた杖や矯正器具、車椅子など展示されている。これらは、すべて約3ヶ月間での修養科生活によって、不要になった結果、寄付されたものであると天理教は主張している。

教養掛

修養科において先生の役割を果たすのが「教養掛」である。

詰所

詰所によっては、女子修養科生の部屋の隣が男子修養科生の部屋となっているといったところもある。女子修養科生は気をつける必要がある。夜這いが行われているため、自分で自分の身を守ること、部屋の鍵は必ずかけることなどに注意すること。もちろん男女で階を分けたり、棟を別にしたり配慮されているところもある。予め自分の教会の詰所がどうなのか知っておいた方がよいだろう。

色情問題

かつての修養科とは異なり、現在は、修養科の風紀が乱れとても修行する環境ではない。特に男女の風紀は乱れている。修行中にも拘わらず、詰所の部屋や野外性行為を行うものがいる。また、夜這いをかけられるため女性修養科生にとっては極めて危険である。また教養掛が、女性の修養科生と不倫をしている。監督責任のある教養掛がこのようなことをしている。

精神障害者の虐待

精神障害者の修養科生を他の修養科生が虐待する。天理教では、精神障害者は怠け者と捉えられている。また修養科で奇声を発することを禁止している。

勧誘

「修養科は、天理教信者でなくても参加することが出来る」といって信者が信者でない人を誘うことがある。確かに修養科は信者でなくても参加できる。しかし、修養科とは「ようぼく」つまり、天理教信者を育てる場である。修養科を終えると立派な信者となる。そして、教会に月10万円前後のお供えをすることになる。天理教信者になりたくない人は天理教や他の修養科生に対して失礼であり、参加してはいけない。勧誘する信者が修養科を間違って捉えているのである。

経営者が天理教信者である、めいらくグループ(名古屋製酪)、液クロサイエンス正直屋堀川化成などでは、社員を修養科に参加させる費用を社員に負担させる会社もある。

会社の研修で修養科に参加させられる人がいる。また天理教信者が経営する企業では社員に修養科参加を強制するところがある。めいらくグループなどである。これらは、修養科の趣旨からして間違いである。修養科は社員研修の場ではないし、参加の意思のないものは参加してはいけない。これもその信者が修養科というものを誤解しているためである。やはり誤解が多いので、また修養科に参加したくなければ、天理教信者の経営する会社に就職をしないほうがいい。

修養科修了後

他に前期課程後期課程後継者講習会専修科第二専修科などがある。

文献

  1. 天理教『修養科案内』

外部リンク